教祖・明主様について

 明主様(岡田茂吉)は明治15年(1882年)東京・浅草に骨董商の次男として生まれました。ご家庭は貧困ながらもご両親の温かい愛情を受けて成長された明主様は、芸術家を目指しますが、眼病により断念。その後、装飾店を起こし、一時は成功者と言われるまでになりました。
 しかし、妻子を失うといった悲しみや事業の大打撃などによって、精神世界へと誘われ、45歳で神の啓示を受けられました。その結果、人々の心身の健康を目指し、浄霊法を創始するとともに、事業を全て従業員に譲り、昭和10年1月1日、世界救世教の前身となる「大日本観音会」を設立されました。
 第二次世界大戦前には官憲の弾圧を受けましたが、戦争の終焉をうけて信教の自由が認められると活動を再開し、昭和25年、世界救世メシヤ教を設立されました。
 また、優れた美術品や芸術の「美」を通して魂の向上を図ることを願って、日本および東洋の美術品を蒐集して箱根美術館を開館されました。さらには箱根、熱海、京都に地上天国のひな型として神仙郷、瑞雲郷、平安郷を建設されました。
 また、大自然の摂理を尊重し、農薬や化学肥料を一切使わない自然農法を全国に普及されました。